2024/11/06その他
新たな自動車社会「CASE」と自動車のサイバーセキュリティ
執筆:CISO事業部 武田 美鈴
監修:CISO事業部 吉田 卓史
近年自動車のシステム高度化が進み、ICT機能を有しインターネットを介して車両を制御したり利用者が情報を得たりするコネクテッドカーの開発と普及が進んでいます。同時に、先進技術の活用で都市機能の高度化と効率化を目指すスマートシティへの自動車の対応においてもサイバーセキュリティ強化が重要視されています。こうした新しい自動車社会の発達を目指していく中で、自動車におけるサイバーセキュリティ対策が重要なものとなっています。特にこの点に関しては、従来のPCやサーバといったエンドポイントとは異なる視点での重大なリスクについて特段の考慮をする必要があります。それは一体なぜでしょうか。本記事ではこの課題について考察するとともに、どういった対応がメーカーに求められるかをご紹介します。
自動車社会の新しい時代は「CASE」ということばに象徴されます。CASEとは、「Connected」「Autonomous」「Shared & Services」「Electric」の頭文字を並べた自動車への新たな取り組みを表します。
車両がネットワークにつながることで、利用者(運転者等)のスマートフォンと車両の接続や、ソフトウェアアップデートの効率化などが実現可能になります。
自動運転は将来的には完全な無人運転を目指すものですが、機械学習を活用しドライバーの操作無しで車両の位置特定や周辺の状況を認識・予測することを可能にしています。
「自家用車を使わない時間は貸し出す」、「車を所有せず借りる」といったビジネスモデルがますます増加することが予想されます。これらは専用のアプリケーションを使用することで成立します。
自動車の電動化はますます進み、「走る、曲がる、止まる」といった基本的な部分もソフトウェアで制御されることが増えていくと予想されます。
今後「CASE」時代が進み自動車の安全性や快適さが向上するメリットが期待されますがその反面、ネットワークに接続する「走るコンピュータ」であるが故のセキュリティリスクという課題も存在します。そのため、自動車のサイバーセキュリティ対策を進めていくことが非常に重要になります。
それではなぜ、自動車のサイバーセキュリティ対策は従来のPCやサーバと異なるリスクも考慮する必要があるのでしょうか。それは情報漏洩やデータ改竄などのリスクだけではなく、「直接的に人の命に関わる」リスクがあるからです。前述のとおり自動車のシステム高度化に伴い、自動車の機能も増えていきます。ネットワーク経由で制御される機能をもつ車両がサイバー攻撃を受けた場合、走行中の進行方向を制御できなくなる、ブレーキが利かなくなる、あるいはエンジンが止まる、といった事態に陥り、周りをも巻き込む大きな事故になる可能性が出てきます。
ではここで、本当にそのようなことは起こりえるのか、具体的な事例をみてみましょう。下記は、「走る・止まる・曲がる」の基本制御からドアやウィンドウ制御等も可能な機能をもつ電子制御装置(ECU:Electronic Control Unit)が搭載されている自動車に関して、このECUへの無線ネットワークを利用したサイバー攻撃を行った実験例と、実際の業務において被害が発生した例です。
この実験では、16km離れた場所からノートPCを使用して自動車のシステムへ不正侵入を試み、エンジンの停止やエアコンの制御、そして車両を強制停車させることに成功しました。この実証実験の結果を受けてメーカーはサイバー攻撃による事故を防ぐため、140万台ものリコールという事態に追い込まれました。
南米のあるトラック運送会社は、会社のPC経由でサイバー攻撃に遭い、車両の追跡が不能となり荷物を盗まれても検知ができないという状態になってしまいました。
この2件以外にも、報告されているサイバー攻撃の中には米軍車両のGPSナビゲーションシステムやデジタル通信機能等への妨害に成功したという事例もあります。このように、サイバー攻撃による自動車の遠隔操作は実際に可能であり極めて危険であることがわかります。
それではこうしたリスクに対してメーカーはどのように対応したらよいのでしょうか。ここで重要な指針となるのが、国際規格であるUN-R155とISO/SAE21434です。両規格とも、自動車を対象とするサイバー攻撃の脅威を回避するための具体的な規制基準などが定められているものですが、ISO/SAE 21434に準拠できるよう対策をとることで、UN-R155にも概ね適合できるという関係になっています(図1参照)。実際のところ自動車メーカーとしてはUN-R155に適合するよう対策をとることは必須で、そうでなければ今後実際に車体の型式証明が取得できなくなってしまいます。つまり、自動車を販売できなくなってしまうということです。こうした理由から両規格は自動車のサイバーセキュリティ対策の要となっていますが、混同しやすい部分もあるためそれぞれの特徴についてまとめました。
(図1:UN-R155とISO/SAE21434の関係 ※参考文献No.14(DNV)をもとに作成)
UN-R155は2021年1月に国際連合欧州経済委員会(UNECE)に属する自動車基準調和世界フォーラム(WP29)によって施行された自動車サイバーセキュリティ法規です。日本では「道路運送車両法」に取り込まれ、2022年7月以降に販売される一部の車両から順に、法規制が開始されています。これによって、対象となる車両は、法規制に準拠していないと販売するための認可が下りなくなりました。2022年7月からはOTA対応の(Over the Air、無線通信でソフトウェア更新を行う)新型車への規制が開始され、2024年1月にはOTA非対応の新型車まで対象が拡大されました。2026年5月には継続生産車まで規制対象が拡大されます。(表1参照)
(表1:UN-R155の規則に関するスケジュール)
それではまず、UN-R155に記載されている要求事項についてみてみましょう。これは12節あるうちの第7節に記載されており(表2、3参照)、求められるセキュリティ要件としてポイントとなるのは主に以下の3点です。
これに関して実際にどのような対策が考えられるのか、第3章に後述します。
(表2:UN-R155の目次(和訳) ※参考文献 No.15(UNECE)より引用)
(表3:UN-R155の主な要求事項 ※参考文献 No.9(ICT未来図)より引用)
次に、UN-R155の準拠には2段階の審査があることについて説明します。(ちなみに、日本国内の認証は独立行政法人・自動車技術総合機構交通安全環境研究所が担当しており、審査と3年ごとの監査が行われます。)
※CSMS(Cyber Security Management System)とは、産業用オートメーション及び制御システム(IACS)を保有する企業の製品のライフサイクル対象としたサイバーセキュリティの管理システムのことです。
UN-R155に定義された要求事項はこの2段階の審査の評価基準となるものです。また、その要求事項の具体的な実現手段が記述されたものが、次に説明するISO/SAE21434です。
ISO/SAE21434は自動車のCSMSを構築するためのプロセスを定義し、リスク管理のガイドとなる国際標準規格です。サイバーセキュリティに関するルールやプロセスの作成、監査の実施などCSMSを構築するための要求事項や、製品のサイバーセキュリティにおけるコンセプトの策定と開発に関する要求事項などが記載されています。これら要求事項は、全15章で構成されているうちの第5章~第15章にあたります。(表4参照)また、この要求事項は大きく分けて下記2つのコンセプトを備えています。
(表4:ISO/SAE21434の概要と要求事項 ※参考文献 No.11(NEC通信システム)の図をもとに作成)
それでは最後に、ISO/SAE21434の要求事項(セキュア設計としてのコンセプト)を満たしUN-R155に適合するために導入することが必要となる技術的アプローチとして、一般的にどのようなものが考えられるかについて考察します。主に以下の3つが挙げられます。
ネットワークにつながるコンピュータとしての機能を備えるものとして、まず従来型の一般的な対策は最低限必須となります。あえて例を挙げるとすれば下記のようなものです。これらは、実際には後述の②との組み合わせにより自動車のサイバーセキュリティ対策の要諦となります。
これは自動車のサイバーセキュリティ対策に特化した検知のサービスや体制(自動車のサイバーセキュリティ対策のためのSOC)のことであり、UN-R155の詳細な要求事項の一つである「車両の継続的な監視、インシデントレスポンス機能を持つこと」のために期待されているものです。自社で構築する以外に、プロバイダが提供する専用サービスを利用する方法もあります。VSOCの主な役割は自動車に対するサイバー攻撃など脅威の検知/対応やフォレンジックとなりますが、主に下記のような特徴があります。
前述のECUですが、これはコネクテッドカーにおける自動車制御を担うコア部分ですので、最優先で外部からのサイバー攻撃に対する保護対策をとる必要があります。そのための堅牢化の方法について下記にいくつかの例を挙げてみます。
自動車は鉄の塊であるとともに「走るコンピュータ」に進化しており、これに対するサイバー攻撃は直接的に人の命に関わることはすでに述べたとおりであり、最悪の場合は周りを巻き込む大きな事故にもつながりかねません。従来のPCやサーバが攻撃を受けた場合、例えば病院のシステムがランサムウェアにより機能不全となるような間接的な命へのリスクはあったとしても、上記のような直接的なリスクはほぼありませんでした。自動車業界ではコネクテッドカーの普及に伴いサイバーセキュリティに関する法規則への対応が取り急ぎ求められるとともに、国際的な標準化や規制強化は現在進行形で進められています。
当社は各種セキュリティ対策ソリューション導入の実績やセキュリティ関連各種基準の適用・評価に関する知見がございます。ぜひ一度ご相談ください。
武田 美鈴(たけだ みすず)
2022年4月アイディールートコンサルティング株式会社 入社
CISOサービス事業部 セキュリティコンサルティンググループ 所属
海外のビジネススクールでマーケティングを専攻し、卒業・入社後は外資系大手システムインテグレーターの海外支社に対するセキュリティビジネス支援や外資系大手飲料メーカーのセキュリティアセスメント業務を経験。
現在は、外資系大手金融系企業のセキュリティ規則策定に係る業務に従事。
監修:吉田 卓史(よしだ たくし)
20年間にわたり、一貫してサイバーセキュリティーに携わる。ガバナンス構築支援からセキュリティ監査、ソリューション導入等、上流から下流まで幅広い経験を有する。また、複数の企業において、セキュリティのコンサルティングチーム立ち上げを0から担い、数億円の売上規模にまで成長させる。IDRにおいても、セキュリティコンサルティングチームの立ち上げを担い、急速なチーム組成、案件受注拡大を行っている。